米国企業によるキャプティブ活用の現状と、日本の立ち位置
欧米企業の間ではすでに常識となっているキャプティブ保険ですが、まだ日本ではほとんど認知すらされていません。欧米企業によるキャプティブ保険活用の歴史と現状を知ることで、現在の日本企業の立ち位置とあるべき姿が見えてきます。
こんにちは、ハワイ州キャプティブ保険マネジャーの三澤です。今回は、日本企業によるキャプティブ保険の導入がいかに立ち遅れているのか、ということについてお話ししたいと思います。こんな内容のお話をしていきます。
- キャプティブ保険を知っていますか?
- 欧米企業による活用の歴史
- 日本企業による活用の現状
- 大胆予想 ― 日本のキャプティブ保険活用のこれから
キャプティブ保険を知っていますか?
先日、Hawaii Tax Instituteのカンファレンスにお招きいただき、キャプティブ保険について日本語で講義をさせていただきました。今回のセミナーでは、主に日本や米国本土からはお越しいただいた日本人の税理士、弁護士、銀行員、ファイナンシャルプランナーなどの方々を中心に受講いただきました。セミナーでは、先ず冒頭に受講者のキャプティブ保険に対する理解の度合いについて、挙手でお答えいただきました。正確に数えたわけではありませんが、大体の結果は以下でした。
キャプティブ保険という言葉を初めて知った。 10%
言葉は知っているが、内容はよく知らない。 60%
基本的な概念は知っているが、詳しくは知らない。 30%
クライアントに自信を持って説明することができる。 0%
キャプティブ保険という言葉は知っているものの、どのように使われるものなのかという具体的な内容を知らない方がほとんどでした。もう一度確認しておくと、今回の受講者はほぼ全員がクライアントに対して財務や法務などに関するアドバイスを提供している各分野の専門家の方々です。米国の財務アドバイザーや経営者にとってはすでに常識となりつつあるキャプティブ保険ですが、残念ながら国内での認知度はまだまだ低いというのが現実です。
欧米企業による活用の歴史
キャプティブ保険という言葉が経営の世界に登場したのは、1950年代です。1960年代にバミューダなどの設立地(ドミサイル)がキャプティブ保険法を整備し、徐々に活用が始まりました。1980年代には、大手企業の間ではある程度認知され、バミューダなどで盛んに設立されました。日本企業でも、ソニーなどのグローバル企業はこの時期にバミューダでキャプティブを導入しています。
米国では、1980年代に国内でもキャプティブ法の整備が進み、バーモント州やハワイ州がドミサイルとして登場します。1980年代は、欧米企業(特に米国企業)の間で広くキャプティブ保険が認知され始めた時期で、保険料が高騰していた保険種目を中心にキャプティブ保険の導入が進みました。1980年代後半には、世界のキャプティブ保険会社の数が、約2,000社程度になっています。2018年現在のキャプティブ保険会社の数は、世界で約6,300社、うち米国企業が約4,000社と言われています。米国企業を中心に導入が進んできたことがわかると思います。
米国のキャプティブ業界は、過去40年をかけてゆっくりと成熟し、当時設立されたキャプティブ保険会社も保険会社として確実に成長してきています。私は以前に大手米国企業のキャプティブ保険会社を管理していた経験がありますが、その活用の実態は現在の日本企業による活用と内容も規模も大きく異なります。
日本企業では保険を固定費(コスト)として捉える傾向がありますが、キャプティブ保険を導入している米国企業は、キャプティブ保険会社を収益ビジネス(プロフィットセンター)と捉えています。また私が知っている事例では、質の異なるリスクを複数引受けることでリスク分散を行っています。投資でいうところのポートフォリオアプローチが、リスク管理にも応用されているのです。私が過去に担当した大手米国企業では、約20種類の保険を引受けていました。キャプティブ保険会社を保有している大手企業では、これが当たり前です。
欧米のキャプティブ保険会社では、投資活動も非常に重視しています。今更ですが、キャプティブ保険会社は保険会社(金融機関)です。保険会社の収益は、保険引受収益と投資収益の2本立てが基本です。そもそも保険会社とは、保険料として徴収した現金を投資運用し、増えた現金を保険金として被保険者に還元するビジネスモデルです。投資活動は、保険会社の「本業」です。この前提はキャプティブ保険会社でも同じで、欧米のキャプティブオーナーはこのことをよく理解しています。一般の保険会社をベンチマークとして、投資ポートフォリオを運用しています。
キャプティブ保険業界を支える人材市場も、この40年で大きく発展しています。欧米には、保険会社や保険ブローカーが数千社存在しており、リスク管理の実務経験を持った専門人材が豊富に存在しています。こういった人材は、キャプティブ保険を活用している企業にリスクマネジャーやCRO(Chief Risk Officer)として雇用され、キャプティブ保険会社の運用を支えています。
日本企業による活用の現状
一方、現在の日本企業によるキャプティブ保険の活用はどうでしょうか?
私は、キャプティブ保険会社を保有している日本企業の数は、100-150社程度だと見積もっています。キャプティブ保険を導入している企業は、まだまだごく少数なのです。
直近の5年を振り返ると、2011年の東日本大震災で保険料が高騰している地震保険などを中心に、変化に敏感な企業の間で徐々にキャプティブ保険の認知と導入が広まり始めました。5年前に日本企業に対してキャプティブ保険のご紹介をしても、先ず「キャプティブって何ですか?」というところから話をしなければいけないことがほとんどでした。現在は、キャプティブ保険の活用について企業側から問合せを受けることも増えており、だいぶ認知が進んでいるなというのが私の実感です。
しかし、日本企業による既存のキャプティブ保険会社の活用の内容は、まだまだ限定的です。設立間もないキャプティブが多いので仕方がないことではありますが、保険種目が1種目であることがほとんどで、米国企業のようにポートフォリオアプローチを導入する段階には至っていないケースがほとんどです。
また投資に対する考え方が非常に保守的で、投資活動を全くしていない、やっていても定期預金のみ、というケースが本当に多いです。本当に残念な傾向です。
リスク管理の実務経験を持った人材がいないというのも、大きな課題です。日本には、損害保険会社も保険ブローカーも、数えるくらいしかありません。リスクの分析を行える専門人材が希少である上に、あまり転職をする方も多くありません。日本の企業で、リスクマネジャー職を設けている企業も、まだまだ少数なのではないでしょうか? CROという言葉自体も、日本企業では耳慣れない言葉だと思います。
大胆予想 ― 日本のキャプティブ保険活用のこれから
日本企業によるキャプティブ保険会社の活用状況を見ていると、1980年代頃に多くの米国企業がキャプティブ保険会社を導入し始めたころの状況に似ているな、と思います。日本企業のキャプティブ保険活用は40年遅れている、というのが私の持論です。日本経済の低迷ぶりを表す言葉に「失われた20年(もしくは30年)」というものがありますが、キャプティブ保険(リスク管理)に関しては「失われた40年」という表現がシックリきます。現在、日本企業が所有しているキャプティブ保険会社は100-150社程度です。日本のリスク管理市場が良い方向へ向かえば、私はこれからの30~40年の間に2,000社程度まで増加すると予想しています。
日本のこれからを予測する時に、米国の現状は示唆に富んでいます。テクノロジーや経営手法は、米国発のものが時間差で日本に広がることが多いのはみなさんもご存知だと思います。キャプティブ保険やリスク管理に関しても、日本企業が米国企業のたどってきた道を進むというのは、容易に想像できます。
今年は、ハワイ州でも大手の日本企業が次々にキャプティブを設立しており、このトレンドは今後も続くと考えています。キャプティブ保険会社は長期の経営戦略です。5~10年のスパンで成長し、米国の大手企業のように複数のリスクを引受ける総合的な活用方法に徐々にシフトしていくことが考えられます。
また人材面でも、国内企業によるキャプティブ保険会社の導入が進むにつれて、リスク管理人材へのニーズや市場価値が高まることが考えられます。現在、国内の保険会社や保険代理店などに勤務している人材や、海外で保険ブローカーやリスクマネジャーを経験した人材が、専門人材として日本企業に雇用されていくでしょう。日本企業がそういった人材を積極的に雇用していくことで、日本のリスク管理業界は層を増し、キャプティブ保険会社の活用も高度化していくでしょう。
キャプティブ保険会社の運営には、多くの専門的なサービスプロバイダーが必要になります。現在は海外のサービスプロバイダーを活用するケースがほとんどですが、国内にキャプティブオーナーが増えれば、自然と国内でサービスを提供する企業も増えることが考えられます。
米国では、国内の企業によるキャプティブ活用の増加に伴い、1980年代から国内にドミサイルを作る動きが始まりました。現在米国には、約30の国内ドミサイルが存在しています。日本は連邦制ではないのでドミサイルが複数できることはないと思いますが、日本国がキャプティブ保険法を立法し、アジア圏の代表的なドミサイルになることは十分考えられます。海外のドミサイルに保険料や税収が流出している現状を根本的に解決するには、国際税務の取締り強化よりも、国内に魅力的なドミサイルを作ってしまう方が合理的です。これも米国が過去40年の間に行ってきたことです。日本に魅力的なドミサイルがあれば、今度は逆にアジア圏の有力企業から保険料や税収が国内に還流することも考えられます。アジア圏のドミサイルにはシンガポールやラブアンがありますが、世界的に見ればまだまだ未発達の小規模ドミサイルです。アジアの大国日本には、国策としてアジアを代表するキャプティブドミサイルを開設し、アジアのファイナンシャルセンターとしての位置を不動のものとするポテンシャルがあるのです。